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2015年11月 7日 (土)

2015 CJ-2 京都ゆぶねステージ

11/1(日) CJ-2 ゆぶねステージ
天気晴れ・路面ドライ
チャレンジA 4.71km×3周回 12位/出走12名(DNS3)

まず、今回この試合に出れるまで、様々な人々の力でここまで出来た事、感謝したい。
一里野でレスキューして頂いた方々、SNG隊といつものCJ仲間、そしてそのご家族、外科の先生、いつも無理聞いてもらってるOne on One店長、今は一緒に走れてなくても心配してくれたMTBを通じた友人、そして我が家族・・・ありがとう。

前日(試走日)
一里野から3週間、ようやく身体の腫れは退き、外傷も一番大きなキズを残してほぼ最後の治療を残すのみ。機材は金策含め何とか週半ばに部品が揃い、店での調整も終えた。

まとめると、怪我は打撲では大腿外側が酷く、内出血(皮膚下出血)の名残りが大腿内側に浮かび上がる状態。外傷は一番酷い右踵上、湿潤療法で皮膚生成中でパッド外せず。その他の擦過傷がある場所で浮腫みも多数。あと右手薬指が強い突き指、医者曰く腱を痛めているとの事で、これは今でも腫れ、痛みが残り、しっかり拳を握る事はできない。都合よく自転車のグリップ程度なら保持できる。

014 
機材のダメージは結果、リアホイール全損交換、フロントホイールはリム変形あるも曲げ戻しと振れ取りで“使えるレベル”まで修復。ステムも捩れが酷く全損交換、チェーンとグリップが破損交換、ハンガー曲がり修正。直せない、あるいは直せてない部分で右側(前側)ブレーキマスターシリンダーマウントのキズ、リアメカのゲージ、カセットトップ側から3枚目(15t)と4枚目(17t)の歪み=歯飛びする(これは走り出して気付いた)。

会場へ移動する前、朝に近所をひとまわり。とにかく踏んで痛くないか、とフレームから異音がしないか、フォークの沈み込み時にハンドルが取られないか等、身体と自転車の挙動を確認、それを終えて家を出た。

017 
14時半、会った人々に生存報告。着替えてコースイン。急登坂に全く対応できず、また3週間のブランクは確実に身体機能の劣化を露呈し、心拍は必要以上に上昇、息は上がりっぱなしでゼーゼーが止まらない。1周でクタクタだ。

013 
もう1周行くのも億劫な程。しかし、運営スタッフに先輩が居たことで「コースクリアチェックするから、前を走って最終走者になれ」とのオーダーで再びコースに。先ほどよりはスムーズになり、トレイルライドなら本当に面白い各セクションを吟味しながら試走を終えた。

日も影ってきたので撤収、京都の自宅へ帰った。


試合当日
自宅から1時間で到着というのは本当にありがたい。そして出走時間が一番目ではなく、マスターズと同枠=2番時間帯なので助かる。しかしこの朝は強く冷え込み、自動車の車外温度計が1℃を示しており、会場でも焚き火を用意してもらうほど。その寒さから試走はいいや、と思っていたが、当日現地入りの愛知の面々が走りに行ったので、後ろから付いていく事に。

009 
昨日同様、ドライな路面でしっかりグリップしてくれるが、急勾配はやはり踏めず、自転車から降りることに。本番も押し決定なポイント数箇所をチェックし、試走終了。

やがてユース・チャレンジBの試合が始まり、我々は待機状態。日が昇って少しずつ暖かくなってきた中、着替えや食事など。朝、家を出るときバナナ1本だけだったので、ryuちゃんに吐くよと言われつつもどうしても腹が減ったので、控えめにおにぎり1つとロールパン1つ。そして出走直前にゼリー系を摂った。

待ってる1時間はあっという間、やがてアップ、召集。今回は前にマスターズ6名が並び、2分後に我々チャレンジA12名+女子ジュニア1名という構成。メインのCJ-1が終了したとはいえ、非常に寂しい光景。

10時30分、マスターズの面々が出て行く。追って我々2分後、号砲とともにオンロードをぐいっと登る。ここだけで一気に乳酸溜まる勢い。一瞬ケツになったが、踏み込んで数人抜く。そしてすぐに急なST。と、数人前の選手が足をついたので、そこから押し。自分は、再び乗って行こうとする前走者のように飛び乗れず、呼吸MAXままで押し上げる。

やがて一番厄介な直角コーナー、皆押してクリアかと思いきや、私の前は全員乗って行った。ああ、ここまで力の差があるのか・・・。少し平地な場所までそのまま押し、息は絶え絶え、余裕の無いのが丸わかり。それでも次のセクションは乗ってクリアし、少し後続を離す。

しかし前半に急な登坂を備えたこのコース、全く呼吸の整わないまま乗車バランスの取れない私を尻目に、前の集団はじわじわ遠のいていく。ようやくST下りに差し掛かった頃は単独だった。

何とか呼吸を整えたいのだが、異様に上がった心拍と相まって、自転車のコントロールすら危うい。試走では全く失敗することの無かったセクションも何度か足を着き、押し、勢いで上がれる筈の登り返しも押しばかり。当然後続は詰めて来る。気がつけば後ろの2名に抜かれ、単独最下位に。

アップダウン激しいSTを抜け、一時的にオンロードへ出て、再び山中へ。そのピークにつながる頃、少し遅れ気味の選手に追いつき、パス。しかし間もなく駆け上がりのキャンバーセクションで、折角のベストラインを通ったにもかかわらず、身体が強張って足着き。そこで真後ろの彼に抜かれる。

その後ピッタリ後ろに付くが、そこから狭いST、抜きどころが無い。前走はフルサス29erなのに、下りとコーナーが正直遅い。ここで息を整えようと考え、少しペースダウンまま、暫く付くことにした。

しかし、それはまずい選択だった。地味に登坂を繰り返す後半のSTは、徐々に脚を削り、反撃の瞬発力を無くしていった。1周目が終わるときに、最終走者パックを作ってオンロードに入るが、私より登坂の力がある選手だったので、徐々に引き離される。

001 
2周目、一旦どんと離されるが、前半のSTのテクニカルな下りで、また車間が詰まり、そして繋ぎのオンロードで再び離され、後半のSTもチラチラと先行する選手の後ろ姿が見え隠れ、手が届きそうで詰め切れない。

003 
やがて、自分の両大腿が痙攣を始めた。ピクピクと、いつ固まってしまってもおかしくない状況。今足を着けば、間違いなく「ぐわっ!」てなるだろう状況になってきた。

2周目を終え、ジャンが鳴って最終周回、もう少し踏めそうだが、いや、かなり怪しい雰囲気。単独でケツになってしまった自分、所々コース上に居たギャラリーも移動し、立哨の人しか居ない。加えて、コースクリアの為のスタッフが後ろから付いて来る。そんなプレッシャーの中でも、ほぼ登りはインナーロー縛り。走っている感ではない、移動している感、かろうじて止まってないという状況。しかし決して諦めた訳ではなく、少しでも速く走ろうとする気持ち。集中力は欠けることは無かったように思う。

下りはきっちりプッシュを入れ、コーナーはオーバーランしない程度にアンギュレーションを意識してクリアしていく。気持ちよく自転車は走ってくれ、やがて麓に戻ってコントロールラインを跨ぐ。ああ、やっぱりドベで今シーズン終了したわ。それでも今の私の力はこんなもの。そして出し切った感はいつも以上にあったので、これはこれで良し。

自身は満足でも、モブな私のゴールなど気にする人もおらず、後ろから追ってきた先輩から声をかけてもらう位・・・と思いきや、京都から自走で試合を見に来たミゾさんが居た。脚ピクピクで息が整わず咳き込むばかりで途切れ途切れの会話になっていたが、予想外の来客は嬉しかった。

暫くして、落ち着きを取り戻した頃、クールダウンとお見送りの為、彼とゆるゆると走り出す。朝に山を走り、その後この会場まで足を伸ばしてくるなど、やっぱり彼はタフだ。また京都に帰った際の再会を約束し、別れた。

その後はゆっくり片付け、「先に帰るよ」とエリートのフィードに居るMasさんに挨拶に行こうとしたが、結局buchi君の熱い、そしてぶっちぎりの走りと、京都のレーシングチームの面々、そして我がSNGリーダーセンムやryuちゃんと、皆の力溢れる姿を見ているうちに、結局レース終了までその場を離れることは出来なかった。

005 
エリートのレース終了直後、売店で家族にお茶菓子をちょっとだけ買って撤収。滅多にお土産など買わない私だが、ちょっとだけ気分が良かったのかな。

これで私の2015シーズンのCJは閉幕。来シーズンまで、更に更に低下する体力気力をどうやって維持していこうか、恥を忍んで老体を晒しながらレースする方法を考えながら過ごしていこう。

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コメント

今年のシーズンお疲れ様でした❗

一里野の怪我で欠場されると思っていたので、スタート前に声を掛けてもらった時はびっくりしました⤴

来年も参戦予定ですので、ご指導よろしくお願いいたします✋

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