« ROCKSHOX REBA RL 29(2015) ダンパーオイル交換とおまけ~SoloAir | メイン | 2015 CJ-2 京都ゆぶねステージ »

2015年10月21日 (水)

2015 CJ-1 白山一里野温泉

2015 CJ-1 白山一里野  XCO 10/11(日)~10/12(月・祝)開催

天候:11日 雨 /12日 晴れ&曇り(朝~エリートスタートまで)、後雨(エリート試合途中

以降)

路面:マッド、ウェット

カテゴリ:チャレンジA スタートループ2.7km+本コース4.15km×3周

順位:20位/23名出走

10日・試走日

朝9時に名古屋を発ち、45さん号で白鳥~勝山経由で。途中の勝山でおろし蕎麦を食してから現地、宿入り。

014 (最近必ず美食にありつこうとしている自分)

この日出発時は曇り、現地では雨(しかもかなり強く)。止み間を狙って試走しようと準備するも、結局再び雨が降り出し、制限時間ギリ、ryu君、45さんと共に徒歩でコースを歩くことに。

011 (ぬたぬた)

日が落ちたころに宿に戻り、風呂後夕食を腹いっぱい頂き、早めに就寝。

11日・本戦日

朝6時過ぎに起床、7時から朝食。空は雲が切れて晴れ間も。前日走っていないメンバーが試走に向かう。
この時点ではかなりのウェット&マッド。一番急な登坂部はラインを間違えるとマッドタイヤも食わない。しかし、それはテクニックの問題で、雑に強く踏んでいた自分に問題あり。
芝の上ではマッドタイヤは激重だが、後半のぬかるみSTでは比較的安定して走れる。これでタイヤセレクトを前後マッドタイヤ=IRC STINGOに決める。

一旦洗車と着替えに宿へ帰り、先発のチャレンジBクラスが走る中、準備を整える。あっという間に召集30分前になったのでアップに出かける。この時点で天気は回復する方向へ。

アップを終えて召集に向かうと既にコールが始まっていた。
出走人数23名、20番スタート。殆ど最後尾なので慌てる必要なし。周りの様子、タイヤを見ると、富士見(全日本)時とは逆で、マッドタイヤは自分含め2~3人、皆普通のタイヤを履いている。おそらく芝を見据えてだろう。また、選択ミスか。

ユースが先に出走し、我々はすぐ並びなおしした後、2分後に号砲。一瞬クリートキャッチにミスる(あまり無い事)がすぐに集団のケツについて一発目の急坂にかかる。ここはわりと皆足もつかず、そのままスタートラップ=ゲレンデ中央に向かう。前の面々は(気のせいかもしれないが)少し勾配がゆるくなると軽やかに加速していく。片や自分は、芝の下の土に刺さる、がっしりグリップしてるタイヤを、ゴリゴリ踏むしかない。
そんなでじわじわ集団がばらけ、まだもうひとつ身体がシャキッとしない自分は最後尾。それでも淡々と踏んで調子悪そうな選手を数人パスし、1周目に入る。

本コース1周目、そして2周目はこう着状態で、前の選手数名との距離は縮んだり伸びたりで、追いつけない。やっと集中しだして、今までの試合よりしっかり走ってる筈なのに、ここ最近の練習の成果は意味を成さない程、芝の漕ぎは重い。

002 (photo:まっちゃん)

そして削られる脚と、水分が少しずつ抜けてきた黒土がまとわり付き、その泥で重量増、自らスリップを誘発するタイヤと化し、路面に食いつかない状況に。ゲレンデピークに向かう最後の坂もそうだし、後半の林間STもそれが滑る原因となって、マッドを履いてグリップを稼ぐ、という意味を為さなくなってきた。

2周を終え、かなり前との差が出来たが、3周最終周回にもう一度気を取り直して我慢で踏む。チラリと振り返ると、すぐ後ろの選手と私でケツ争い状態だった。その彼もSTがスムーズでそこで差が詰まる。そしていよいよ林間STを抜けるころには、ピッタリ後ろをマークされ、階段くだりを終え、芝生のストレートで前に出られてしまう。

80%小屋のクランクで前走にピタリと着け、いよいよ最後の直線。彼が若干コーナー右に膨れたので「ここだ!」と一気にケイデンスを上げて加速。相手も負けじとゴリゴリ踏んできて、だんだんこちら(左)に寄ってくる。
刹那、コントロールラインを跨いだ瞬間は僅かに私が前に出た・・・の瞬間、右に選手、左に計測小屋、その間隙はあまりに狭く、「あっ!」と言ったか言わなかったか、ハンドル左が計測小屋に引っかかり、一瞬で自分と自転車は宙を舞った。

気がついた時は、自分は道路横の芝生に倒れこみ、自転車はアスファルトの上を飛んでいった・・・ようだ。
手足が痺れ、声も出ない。すぐさま駆け寄ってきたマーシャルや友人の顔も、言ってる事も認識できるのだが、表現が出来ない。「ダメだ!動かない」『・・・』「どこが痛い?」『・・・(あうあう=声は出ていない)』「家族の方は?」『(今はいません)』「レースは終わったから安心して」『(いや、結果より痛いっす)』「救急車準備か?」『(いやいや、そこまでは・・・)』

すぐに毛布と担架が運ばれてきて、数人に抱えられて医務室直行。担架からベッドに移され、先生(医者)が来られた頃、ようやく声が出てきて「・・・い、い、痛い」と声を発する事ができた。
傷口を消毒され、骨が折れてないかチェックされ、意識の確認をされ・・・「大丈夫そうだから暫く安静に」とまた毛布に包まれ、妙に暖かくなりウトウト・・・少ししたら出走前のエリートメンバーが様子を見に来てくれた。

やがて痺れも治まり、痛みがジンジンと。ゆっくり起き上がり、パトロールの方に水をもらい、落ち着いて自分を観察した。
強く打ったのは左大腿、擦過傷で一番痛いのは右足首後ろ。その他脚は沢山の掻き傷、左腰と左肩が少し痛む。
右手薬指が強く突き指。幸い、頭は打っておらず、ヘルメットも無傷。派手にいった割には、この程度で済んだようだ。

その後、外で頑張っているマスターズのメンバーを見ながら、パトロールには自転車とスキー談義など、暫く四方山話に付き合ってもらい、ネタも尽きた頃にゆっくり立ち上がって礼を言って医務室を出た。

それから宿に帰ると、無残な自転車が横たわっていた。

008

007

005

006
後輪のスポークはまとめて引き千切れ、フロントはパンク(後でわかったが、前リムは凹んでいた)。チェーンは捩れ、本体泥だらけ、あちこちに傷や路面に擦られ削れた跡が余計に衝撃の大きさを助長していた。おそらく衝撃のエネルギーの大部分を自転車が受けてくれたのだろう。見れば見るほど切なくなった。

そんな自転車を洗車し、自身は動きが緩慢なまま着替え、片付け。
風呂に入って汚れや汗を流して、再び医務室へ行けばパッドの張替えもできたのだが、ちょうど雨が降り出してきたので、身体をタオルで拭くに留めた。

暫くすると、雨でボトボトになったエリートメンバーが次々帰ってきて、風呂着替え片付けやらバタバタ。そんなで最近めっきり日の入りが早くなって外も暗くなってきたので、子連れの面々は先に撤収。残った我々は食事をしてからと、白鳥でお値打ち肉を食らってそれぞれの帰路へ。
「ああ、こんな形でシーズンを終えちゃうのか・・・」
なんともモヤモヤが取れないまま家の扉を開けた。

ほんとたくさんの皆さんに助けてもらい、ご迷惑をかけ、心配もしてもらいました。
ここに改めて御礼申し上げます。ありがとうございました。
暫く身体の養生、そして自転車の修復に時間を取ります。

(おまけ)

001 (これって湿潤療法?)

事故後約10日。全体の腫れはかなり退いた。直後90度も曲がらず、地べたに座る事が出来なかった左脚もようやく・・・だが正座は出来ない。右足首がかなりの擦過傷らしく、医者も「しばらく時間がかかるよ」との見解。打撲の痛みは少なくなったが、皮膚表面を引っ張るような歩行等が、痺れを生じさせて、右脚全体を引き摺るような動きにさせている。
右薬指はようやく箸や歯ブラシを“そっと”持つ程度までは回復。

自転車は今はお金が無く、ホイール、チェーン、グリップ他を買い換える事が出来ず、分解されたままの状態。

身体が治るのが早いか、自転車が走れる形になるのが早いか。

トラックバック

このページのトラックバックURL:
http://app.blog.eonet.jp/t/trackback/547808/33618977

2015 CJ-1 白山一里野温泉を参照しているブログ:

コメント

途中まで観戦していたんですが、雨がポツポツ降ってきたので、撤収しました。
直後に大変なことがあったんですね。

しっかり体を治して頂いて、またご指導よろしくお願い致します。

>銀Tさん
まさかこんな怪我をするなんて思ってもいませんでした。
周辺の人々に世話になったばかりです。感謝。

コメントを投稿