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2015年1月

2015年1月12日 (月)

そして2014年のレース総括。

暖めていた「まとめ記事」をここで(久ぶりに長いよ)。

※写真に関しては時間が経過しており、自分が撮った物と友人が撮ってくれた物が混在しています。どなたが撮ってくれたのかが記憶があやふやなので、出展元を割愛させていただきます。ごめんなさい。

昨年はJシリーズXCO・エキスパートクラス・BIB364として年間7戦に参加、年度最終ランキング131位で“旧基準での”残留を果たすことが出来ず。その顛末は・・・

初戦:J2菖蒲谷戦
56名出走/53位(DNF2)-3lap
ドライ・晴れ
昨年と基本的には機材は同じ。相違点はシーズンオフにハンドルをデフォ(完成車出荷状態)=EASTON EC70 RIZER 680mmに。タイヤはシュワルベからMAXXIS・IGNITOR TR 26×2.1前後をCROSSMAX SLR(09)に装着、試合2週間前から馴染ませる。
しかし、前週までにバルブコアの交換、シーラント補充など、落ち着かないリアホイール周り、試合当日もエアが抜け気味。
そしてエキパ初出走、出走は当然最後尾。
スタートは最初のジープ登坂で少し前に出るも、ST渋滞で気付けばそんなに前に出ていってなかった。
その最初の山のSTを等間隔で抜け、下りきった所のコンクリ溝でフロントを浮かし気味に通過。その動作が祟ってか、リアに過度な荷重がかかり、強烈なリム打ち&パンク。一気に空気が抜け乗車不可。中盤~後半は押しを余儀なくされ、1周だけでタイムアウト。後で見ればタイヤに大きく穴が開き、リムを陥没、変形させるほどの大ダメージ。
やはり試合前から既にスローパンクしていた、と考えるのが妥当。これ以降SLRホイールセットを使うことはできなくなった。

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2戦目:J1朽木高島戦
94名出走/84位 -2lap
ドライ・晴れ
使えるまともなホイールはデフォのEA70XCTだけ(以降、これを試合用として使うことに)。タイヤは前戦と同じ種類、パンクしたリアのみ購入・交換した。
スタート同じく最後尾。初めに中盤に上がっておく必要がある、と教えられ、最初の長い登坂を少し無理気味に踏んで行き、てっぺんのSTに侵入する頃は1/3の選手を抜いていた。しかし、その後は垂れる一方、混雑するST登坂で抜き返され、下りで引き離され、麓に。次の周回は身体を引きずるように登坂し、ピークからSTに入る頃に先頭の選手にラップ、その周で終わり。
自分的にはこの時点での実力はこんなもの、と思った。

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3戦目:J1富士見(春)戦
105名出走/95位(DNF4) -2lap
ドライ・晴れ
タイヤを変更、フロント軽量化でASPEN2.1に。前日の試走でコーナーワーク等問題が無い(富士見はバンク付きコーナーなどが多く、コンベックスな地形が少ない)ので実戦で使用することに。
スタート最後尾。今回も位置取りを考え、はじめから出ようとするも、直前で落車発生(それも2回も)、停止を余儀なくされる。完全に序盤から2パックに切れ、後ろ組はオーバーペースで前を追う。そのグループに混ざり、広いST(DT)を下り出すと、数回の段差を越えた所でフロントのチェーンホイールからチェーンが外向け(クランクアーム側)に脱落。ここでまた停止し、どんどん後続が抜けていく。それを直してほぼビリ、気を取り直して走り出す。長い登りSTで数人抜き、ゲレンデ中央のSTを下り、ホームストレートに戻る頃は単独走。それでも中腹に見える選手に一つでも近づこうと踏んでいく。
そしてまた最初の下りに入った時、同じトラブルが。再びチェーンが外れ停止。折角抜いた数人が前に出てしまう。ただ、気持ち的には前向きだったので再び踏んで、数人パスし、その周回を終える。
3周目、最初の登りで前の選手に詰めるも、その下り、三度、そして四度チェーンが外れる。数10cmの段差を降りた際に発生するようだ。ここでも「またか」だが、直してから一人でも、で気持ち途切れさせずフィニッシュ。
結局、前日にリアメカのテンションを上げ気味にしたのが失敗(振り返れば一度試走時に同じ症状が出ていた)。さらにはっきりしたのはチェーンホイールアウターの歯が思った以上に摩耗しており、レースに耐える状態ではなかったこと。国内でデリバリーがない分、海外通販で買おうと思って機を逸していた、というか横着だった。

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4戦目:J2三木戦
35名出走/33位(DNF1) -2lap
ウェット・曇り
春の連戦から少し時間が経過し、練習量も増やし、クランクセットもデフォのFSAからXT(FC-M785)へ交換。タイヤは旧式な組み合わせでFIGNITOR/RMONORAILをチョイス。勝手知ったるコースなので当日入り、朝の試走でルートの組み合わせだけ確認。
スタート最後尾に近い位置だが、十分なアップのおかげか、若干出遅れるも最初のオンロード登坂の勾配が変わるあたりで一気に前に出て、順位は真ん中あたりでST進入。渋滞で押しになるが、心拍の落ち着きと妙な冷静さからか、余裕があった。
選手が流れ出し、乗車できるようになると手首に違和感「グリップ回ってる?」。そのまま自転車に力が掛けにくい状況でST下りに入り、ブレーキを掛けるとハンドルそのものが奥に押し込まれる!=ハンドルクランプが緩んでいて、手首が前に行ってしまい、ブレーキングができない。直後コントロールを失い、コース横の木の幹に激突。
その後何度か乗車を試みるが、下りは乗れず、登りはハンドルが手前に来て押さえこみができない。そうこうしているうちにどこかで伐採したての小枝を踏み、リアがパンク。完全に押すしか方法が無くなった。
全体のラップタイムがあまり速くないためか、1周を終えてもカットされず2周目へ。まるまる押しで、オフィシャルフィードで水を十分にとって「やめなければポイント」だけを考えフィニッシュ。
終わって自転車を点検すれば、ステムのハンドルクランプボルト4本のうち1本は完全に抜けかけ、残り3本もユルユル。さらに見れば木の幹に激突したリアシフターは割れ、フロント(右)ブレーキホースは折れ。パンクしたタイヤも含め、クラッシュ出費がかさんだ。

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5戦目:J2勢和多気戦
22名出走/21位 -2lap
ウェット・雨
リアタイヤを買い替えようとしたが、すでにMONORAILは入荷未定(本国サイトではカタログ落ち、廃番?)なので、悩んだ末、CROSSMARK2.1に。長い緩斜面が続く場所があるので、走行抵抗を減らす目的。前日の試走はドライ、気持ちいいほど進む。雨は予想されていたが、マッドタイヤを履くほどではない、との判断でそのまま行くことに。
当日、雨。だが、スポーツを走りきった選手や周りの意見では「ドライ(タイヤ)で行ける」だった。その言葉を信じ、タイヤ変更無しで本戦に臨んだ。
スタートは相変わらず後ろ、スタートダッシュで中盤に出て、最初のジープを登り切るところまでその状態をキープ。人数も少ないこともあって、はじめのピークを越え10位以内も見えた矢先、下り出すととんでもなく自転車が流れる。リアはもちろん、その影響を受けたフロントすら横滑り。怖くて全く曲がれなくなってきた。そうこうしているうちに1つ目の山を下りきった時点でほぼ一番後ろに。2番目の山では土質も違うので、登坂すらグリップせず、一人押しに。どんどん集団から離され、テクニカルセクションではドン臭さに輪をかけて遅れだし、単独走。調子悪そうな選手とパックになり、途中から離すも一人旅。そして早々に足切り。全く何も出来ずレースを降りた。
後から皆に話を聞くと…全員ドライ向けのタイヤ。但し、彼らの自転車は29erまたは275。そう、設置面積が26inと違い、ワイドグリップだったというお話。情報の鵜呑みは禁物。

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6戦目:J1富士見戦
91名出走/86位(DNF1) -1lap
セミウェット・曇り&雨
今回はタイヤ前後ともIGNITORに戻し、天候不順でも安定性を優先させた。前日の夜は冷え込み、気温は一ケタ前半近くまで下がった。当日は夜半からの雨の影響は少しあるものの、路面は大きく荒れること無く試合開始。
小雨の中アップ長め。但し、芯から冷えてる身体はレスポンスがいまいち。スタート位置、少しは前だったが、踏み負けて一気に順位を落とし、一番後ろ。一回目の登坂からSTに入るも、身体が硬く、小さな岩すら恐怖感を感じるほど。登り返しで前の集団に付くが、ブロックされたりと前に出られない。ついには真ん中のST下りで前転してしまう。
2周目は少し身体がほぐれたか、単独走からようやく前の人々が見える位置まで戻った。が、バラけた集団のシッポを捕まえていくも、前との間隔が開き過ぎて、選手が近づかない。3周目、今度はこちらも弱ってきて登り競り負け。ポロポロ脱落する選手だけかわして、この周回で終わるだろう状況から競る選手に迫るも、4Xコースまでに抜くことが出来ず、あと2mが足りなかった。それでも完走まで程遠い走りで、自身の実力を改めて思い知った。

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7戦目:J1石川一里野戦
72名出走/67位 -3lap
ドライ・晴れ
ここのコースは、晴れていても芝の下が湿ってたり、林間のSTはローミーかつスリッピーな黒土。タイヤは前回同じ。ここでもズボラせずフロントが芝に沈み込みにくいタイヤに変更しておけばよかったかな、という後の祭り。
アップは前回の教訓から、昨晩から“冷やさず”、さらに厚着してしっかり身体を温めて、短い時間ながらも自分的には万端に思えた。
また後方からのスタートだったが、一発目の急坂までに少し前に出た。しかし、さあこれから!という時に、私の真ん前の選手がスリップダウンでコースを塞ぐ。多分その1点だけがハザードとなり、その近くの選手10人程が巻き込みを喰らって押しに。その間に更に後ろの選手は乗って登った為、前に。さらに下った先のSTで大渋滞、完全停止。十数秒のロス。その集団を抜けてDTに道幅が広がるも、根本的に踏み足が重い状態、珍しく前週連日の“立ち仕事”の疲れが残っている状態か、バラバラと抜かれてしまう。それでも全乗車でピークまで、そこから下るがあまりの直線の下からの衝撃にに恐怖心。加えて林に入るとツルツル滑り、全く自転車が安定しない。唯一その林間のコンクリ緩登坂だけしっかり踏んだものの、また下りSTではマシンが振られっ放しで危なっかしく、ペースが上がらない。
ホームストレートに戻り、もう一度同じ動作をするのだが、数名は最後の登坂で押しているようだ。そこで自分は乗ったまま行けるので詰めるチャンスなのだが、結局下り~ニュルニュルに入ると差が開いてしまう。
結果「?」な-3lap、たった2周回でコースから排出。あっけなく最終戦を終えた。

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今年の『負け』は

精神的に負けた部分=労働時間、疲労から練習時間をたくさん取らなかったこと。但し、これも睡眠不足が続くと、昨年の様な頻脈(不整脈)が症状として現れる(=今年は自覚で数回くらい)、という怖さもあったので、今の状況を良しとはしないが、もう少し時間のやり繰りが必要と考えている。

力で負けた部分=これ。力が無かった。特に登坂力。平地の練習時間は辛うじて確保していたかもしれないが、登坂練習がオンロード、オフロード共に減ってしまっていた。結果、踏み負け、人と同じ程の重さの歯を維持する、または回転力をつける事ができていなかった。

機材で負けた部分=これは自分がナメていた証拠。トラブル発生しそうな部品はケチらず替えておくべきだった。また、26inで29erや275に(自分なら)十分太刀打ちできると思っていた事こそが高慢だった。そこまで技術も力もないのに。実際強い人は何乗っても速いが、自分は到底そんなレベルではない。やはり人並みのアドバンテージは機材で埋めなければならなかった。

結論。気持ちは負けていなくても「実力(運も含め)」が無かった。

そして半年近く・・・

大変ご無沙汰で恐縮です。この年末年始にようやくPCのリフレッシュなど行い、何とか(最低限)書き込める環境に戻しました。このblogをお待ちになっていた奇特な読者の皆様、お待たせしました。

さて、近況ですが、その前に昨年の状況を。

去年1年は、名古屋に異動で来て7年目に突入、仕事面で大きな変化のあった年でした。

1月から既担当に加え、新たなプロジェクトが発足し、丸々その部分の仕事を担うことに。それがあまりに今までの業務からかけ離れた内容で、当のプロジェクト本部も中身が分かっておらず、現場は手探りで仕事をする毎日。当然同じ事務所のメンバーは誰一人(上司すら)内容を知らない状況・・・。そんな毎日、平日の疲弊を理由に自転車に乗る時間をサボる等、精神的に挫けたり、無理に奮い起こしたりと、不安定な日々でした。

それから丸1年経った現在、混沌としたプロジェクト立ち上げから、ようやくルーチン部分の分掌もできるようになり、少し自分の負荷が軽くなったところ。但し作業物量が減った訳ではないので、会社の休日を割いて出勤、仕事をするというスタイルは変わらず。まぁ、ここは先進の企業で社員に携帯端末を持たせ、結局休暇中も仕事させるのか、ウチみたいにやはり事務所でセコセコとPCに向かっているのか、の違いで、現在のリーマン事情の縮図は変わらんのですわ。

それでも自転車は諦められず、やっぱりMTBerは週末チャンスがあれば走りに行く、レースは続ける。そのライフスタイルは、今後も続いて行くでしょう。昨年の時間のやりくりの失敗を教訓に、今年は少しパターンを変えてでも「継続」したいです。

そして、ここ数年参加し続けてきたJシリーズ、その後継となるだろう、今年から立ち上げられたJCF公認のMTBシリーズ戦「Coupe du Japon MTB」にチャレンジして行くことを決めました(内容は別記事で)。

あと、本blogはどういう方向にしようか思案中です。週末の練習なんぞ、軽いトピックは昨年来からFBで報告してます。そこで長文になって読みにくそうな内容を語りたい時に、この場を借りようかと考えてます(レースレポートや大好きな機材ネタなど)。どちらかというと不定期、徒然な感じで=今回も気まぐれ?

まあ、またお暇な時に覗いてやってください。